原甫草のブログ

主にバイクやその他の趣味、あんまり中身はありません。

01:湖の底に一式陸攻が現存!?!?

先日タウンメイト80を譲っていただいた近所の中華料理店から、今度は太平洋戦争時に一式陸攻乗りだった先代の店主の手記を貸してもらいました。
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 タウンメイトについてはこちら。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

 

これが一式陸攻です。海軍所属で正式名称は、一式陸上攻撃機
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500ページに及ぶ大作、書き上げるのに10年もかかったのだとか。米軍や防衛省に連絡をとって検証を行い、戦果や当時の状況など様々なデータが詳細にまとめられています。

 

一度出撃したら3割しか帰って来なかったと言われる一式陸攻で最後まで生き残った人で、超低空飛行や横滑りを駆使し幾度となく戦場をくぐり抜けてこられました。米軍のB-25爆撃機との地上5mでの空戦や、終戦後の最後の特攻の話はとても貴重なものです。

 

また、文章がとても上手いので普通に読むだけでも面白いです。

しかし、これだけの内容の本にも関わらず、世にほとんど出回っていません。ご主人は戦友とその遺族のためだけに書かれたようで、大手出版社から出版の話が来ても断ってしまったそうです。

 

 

その本のなかにとても気になる項目がありました。
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 1945年8月、終戦の3日ほど前になって突如進軍してきたソ連軍艦を迎え撃つため出撃した際、離陸に失敗して夜の中海に不時着したという話です。

神業のような着水で幸いにも負傷者はなく、全員無事だったそうですが当時、管制塔が無事離陸したと(終戦後まで)勘違いしており救助が来なかったとのこと。

 「仕方ない泳いで帰るか」というところへ近くに住む漁師の親子が手漕ぎ船で助けに来てくれた。その後、救助に来なかったことに腹が立ち、結局軍に事故報告を出さなかった。というようなことが書いてあります。

 

 資料によるとこの時、飛行機は美保基地から離陸しました。現在では自衛隊の基地と、空港になっています。空港のほうは「米子鬼太郎空港」という変わった名前です(私は気に入ってます)。


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また、中海とは鳥取県島根県にまたがる湖です。
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 水深は最も深い場所でも17mと比較的浅く、大部分が水深8mほどしかありません。

昔は海水浴や漁業もある程度されていたようですが、水質汚染によってその数は激減。

今では海水浴などもってのほか、漁業もほとんど行われておらず....つまりめったに誰も入らないのです。

 

この辺りで一式陸攻が見つかった、引き揚げられたという話はおろか、落ちたことすら知っている人はいません。

もっと言えば、昔この辺りに日本軍の基地があり、ここから飛び立っていった多くのパイロットたちが帰らぬ人となったことさえ、知っている人は少ないのです。

 

 

 

 

 

 

 

今回のことから、一つの仮説が立ちます。

それは........一式陸攻の完全な状態の機体が水深8mほどの湖の底に今も沈んでいる。ということ。

私が知っている中で、一式陸攻の現存機体は国内にほとんどありません。

貴重な戦争資料でもありますし、ましてや実際会ったことのある人の乗っていた機体です。できたら探してみたいと思います。

 

中海も最近、長年の努力によって泳げるほどには綺麗になりました(それでも泳いでいる人はいませんが)。これからもう少し情報を集めていこうと思います。

 

 

 

                                                        ~続く~