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④湖底に消えた二式大艇。 総集編 ~海没処分の全容~

 はじめに

 終戦後の昭和20年8月22日、島根県の中海にて海没処分されたといわれる日本海軍の飛行艇二式大艇」について調査を行い、当時行われた処分の様子やその後の真相を追った。

 

 

二式大艇とは。

 二式大艇大日本帝国海軍所属の飛行艇である。レシプロエンジン搭載の飛行艇としては当時世界最高の性能を誇る傑作機とされる。

 本稿では機体の詳細なスペックや戦歴等は省略するが、大まかな機体の大きさは把握しておいてもらいたい。

全幅 38.00m
全長 28.13m
全高 9.15m

 

↓詳しくはwikiでも・・・

二式飛行艇 - Wikipedia

二式大艇―精鋭、海軍飛行艇 (第二次世界大戦ブックス (94))

二式大艇―精鋭、海軍飛行艇 (第二次世界大戦ブックス (94))

 

 

 

 

全タイプ合わせて合計で168機が製造された二式大艇だが、今現在現存しているのは鹿児島県の鹿屋航空基地資料館に野外展示されている一機のみである

 ↓これ。

 これは後述の終戦詫間に向かった作戦機3機のうちの1機である。

米軍に引き渡された後、1979年に日本に帰ってきた。

 

 

 

・海没処分の概要

この海没処分の話は飛行艇隊を率いた日辻常雄少佐(当時)が戦後に執筆した手記「最後の飛行艇」に登場する。

最後の飛行艇―海軍飛行艇栄光の記録 (光人社NF文庫)

最後の飛行艇―海軍飛行艇栄光の記録 (光人社NF文庫)

 

 

 ここからは手記を一部抜粋しながら、この中海にやってきた二式大艇が処分されるまでの行動履歴を追っていきたいと思う。

 

 

 前述の通り、二式大艇は合計で168機が生産された。しかし終戦後、連合国軍から機体の引き渡しが通達された段階作戦行動(飛行)が可能であった機体は石川県の七尾基地に残っていた3機のみであったという。

 

 

昭和20年8月21日、その3機に詫間基地(香川県)への集結指示が下り同日、3機は詫間へ向かう。

 

 

 3機のうち2機は無事に詫間へとたどり着くことができたが、後始末で出発の遅れた1機(森中尉)は天候悪化と燃料の欠乏、エンジン不調のため中国山地が越えられず、やむなく当時飛行艇基地があった島根県宍道湖に着水を試みた。

 しかし、戦後の混乱状態と視界不良からか、宍道湖だと思って間違えて中海に着水してしまったのである。

※手記の著者である日辻少佐の機は無事に詫間へ到着しており、中海に着水した機の現場の様子についての記述等は筆者の実体験ではなく、この機の機長である森中尉からの伝聞を元にしている。

 

 

 

中海に着水後から処分命令前までの様子は以下の通り。

 「中ノ海ならば美保基地がある。801空の戦闘機隊もいるはずである。ここで燃料補給をしようとして陸図をたよりに水上滑走を続けたが、この辺一帯は遠浅で座礁してしまった。悪天候の夏の日は暮れるのも早い。夕闇迫るころ、やっと離礁し、機長は漁船を見つけて一人陸へあがり、美保基地へたどりついたが、終戦後の美保基地は荒涼たる風情で人影もまばら、補給機能も資材も分散しているため、燃料補給など支援できるすべもなく、湖上にポツンと浮かぶ大艇にもどって、その日はクルー一同、非常食を食べて艇内で一夜を明かしたのである。電信員が懸命に詫間との無線連絡を保ち、22日救援機派遣の情報をとらえ、一縷の望みをかけ、極力接岸に努め、安来市西方の湖上に投錨して夜明けを待った。頼みの無線も途絶えたまま、やむなく安来の郵便局に事情を説明して詫間本部との連絡に努めた。」

{最後の飛行艇 第十章:湖底に眠る二式大艇}より引用

 

この機は着水後、補給のためにまず美保基地へ向かった。

これが現在の美保基地周辺の様子。

戦後に護岸工事や埋め立て工事が行われ、現在は地形が大きく変わっている。

 現在埋め立てられている場所の元の水深は1m程度であり、非常に浅い。当時は近くに小さな舟溜りや漁港があった。

 引用文中に基地との連絡のため周辺の漁船を利用したという記述があるが、今回その漁船を所有していた家の方に当時の話を聞くことができた。

 

・証言者:Eさん(当時10歳)

終戦当時、私は小学4年生でした。

当時、我が家は漁業を営んでおり、美保基地そばのマノメ(船だまり)に家がありました。

二式大艇は直接は見ておりません。父から後で聞きました。

飛行艇は岸のかなり近くまで来ていたのではないでしょうか。

人が翼のうえに大勢乗っていたそうです。

 合図があったのかはわかりませんが、うちの父と隣のKさんの2人でうちのポンポン船を出して、岸と飛行艇を何往復かして隊員達を運び、陸にあげました。

 その時、白い毛布や蚊帳を飛行艇から運び出し、たくさんもらって二軒で分けました。当時毛布は貴重品で、とても立派なものでした。他に運んでくるものが無かったのか、毛布や蚊帳は本当にたくさん積んでありました。

隊員達はまたすぐに飛行艇へ帰っていったと思います。

隊長が一人、後始末のためか最後まで陸に残っていました。

その隊長を家に招いて麦飯とみそ汁をご馳走しました。

夕方ごろ、学校から帰ると家に隊長が来ておられたのを覚えています。

「うまい、うまい」と言って食べておられました。

聞いた話によれば、その後飛行艇は沖のほう(安来市方面)へ持っていって焼いたそうです。

それから先はわかりませんが、数年後サルページが引き上げに来たと聞いています。

終戦時には日本に2機程度しかなかった飛行艇だと聞きました。

 

 

 その後、美保基地での補給が見込めなかったため、隊員たちは機内に戻り「安来市西方の湖上」にて一夜を過ごす。「接岸に努め」とのことなので岸からはそこまで離れていなかっただろう。

 そして「安来の郵便局」に立ち寄ったとされるが、詫間へ電報を送るためだったのではないだろうか。郵便局については昭和15年以前から現在に至るまで特に場所の変更は見られないので、手記中の郵便局とは現在の安来郵便局のことである可能性が高い。

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これが安来郵便局

 

 また、引用文中に「陸図を頼りに~座礁してしまった。」という一文がある。この記述から察するにこの機のクルーたちは中海の航海図を持っておらず、湖の正確な水深を把握できていなかったのではないだろうか。水深が分からないのであれば座礁もするだろう。これは後に若干かかってくるので覚えておいてもらいたい。

 

 

 

そして翌日の8月22日、この機は再び飛ばす手段が尽きたと判断され、詫間基地にいた日辻少佐から森中尉へ次のような命令が下った。

「その機を飛ばせる手段は尽きた。大艇の機銃をおろし、搭載兵器は破壊し、機体は銃撃により処分したうえ陸行で帰隊せよ」

{最後の飛行艇 第十章:湖底に眠る二式大艇}より引用

 

 

この処分命令を受けてからの状況を森中尉は後に次のように語ったという。

「自責の念にかられ哀惜の情に耐えかねつつ、大艇の処分にかかった。付近は市街地を遠く離れ、沿岸の水田はすでに稲穂が黄ばんでおり、一見のどかな風情を呈していた。

まず機銃をおろし、無線機類を破壊した。一同海岸に整列して、ともに戦ってくれた愛機に対し最後の挙手の礼を送って訣別した。滂沱たる涙で顔はくしゃくしゃになった。以心伝心的に事情を知った付近の住民は、搭乗員の後方に集まって涙ながらに合掌していた。

機銃を岸に据え、まさに銃撃を開始しようとしたとき、今まで岸に平行に横腹を見せていた大艇は、風もないのにその向きを変えはじめたのである。(~中略~)

胸にこみあげる熱いものをぐっと抑えながら、漁船を借りて射手を乗せ、大艇の正横に位置させた。「許せよっ」と合掌しながら発射を命じた。

中ノ海に響きわたる銃声はあまりにも悲しかった。ほとんど撃ち尽くしたが、なかなか燃えなかった。

射手は悲壮だった。弾倉を交換しながら涙の射撃を続けなければならなかった。ついにタンクから火を噴いた。やがて胴体が爆発を起こし、紅蓮の炎に包まれながら静かに沈みはじめた。あの特徴のある高い尾翼をしばらくの間湖面に浮かべていたが、やがて聖者の最期を思わせるように水面から姿を没していった。

{最後の飛行艇 第十章:湖底に眠る二式大艇}より引用

 

その後、この機のクルー達は地元の人々に暖かく迎えられ付近の民家で一泊したのち翌23日早朝、住民によって漁船で米子まで送られ、そのまま詫間まで陸路で帰還した。

 

 

 

 以上でこの海没処分についての手記の記述は全てである。これ以上の情報は手記には載っておらずまた、山陰の歴史文献等にもこれ以上の情報はおろか海没処分の事実さえ記載したものは一切存在しない。

 手記の記述によると当時、機体処分の様子は多数の地元住民が目撃していたということである。ならば、誰かこの二式大艇を知る人が今でもいるのではないかということで調査を行った。

 そして今回、幸運にもこの事を知る方から証言を得ることができた。

  本件は先ほど紹介した手記の他には一切の資料が残っていないため今現在、これらの証言が処分が行われた場所や、処分後の機体の様子を伝える唯一のものである。

 

・証言者:Aさん(当時6歳)

 「私は安来の福井という所に住んでおりました。当時六歳でしたが、飛行艇のことは覚えています。遠くからでも高く黒煙が上がるのを見て湖岸に行きますと、大勢の人が集まっており、大きな飛行艇が燃えておりました岸から五十~百メートルほどありました。半ば沈んでいる状態でしたが、よく燃えておりました。処分に使った機関銃は見ていません。大人たちが近くに行かせてくれませんでした。それでも顔が熱く、髪が燃えるような気がしました。近所の人が船で濡れた兵隊さんを助けていました。その方は、「黄色い汗が出とった。」と言っておりましたが、きっと油か何かをかぶられたのでしょう。しばらくは、飛行艇の部材でしょうか、生ゴムとスポンジのようなものがたくさん岸に上がりました。飛行艇は干潮の時には垂直尾翼を水面から出しておりました。

 同じ部落の人で、飯梨川の砂を木造船で松江に運ぶ仕事をしておられる方がおられましたが、この尾翼に当たって船底に穴が開き、急いで引き返したという騒ぎもありました。二十五歳までこの地で農業をしておりましたが、引き揚げられたという話は聞いておりません。」

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 この方の証言によって海没処分が行われた大まかな場所が判明した。

 安来市西方、吉田川の河口付近である。

 

・証言者:Bさん(当時5歳)

次の証言者はAさんの証言にもあった二式大艇に衝突したという船を所有していた家の方である。

 「飛行艇の件は知っておりますが、海没処分した時は幼くて記憶にありません。しかし、その後のことは多少覚えております。我が家は昭和の初め頃から、昭和50年頃まで生コン用の川砂を採取し、運搬、販売する仕事をしておりました。父は中国へ出征しており、戦後まもなく復員して参りました。その後家業の川砂の仕事を再開しましたが、父は二式飛行艇の事を知らず、川砂運搬中に船を機体の一部に当ててしまいました。船の肋骨が2本折れ、3本目で止まりました。砂を積んでいたため浸水が激しく、農業用の川舟2艘に挟まれて何とか船着き場に戻りました。船は修理しましたが、再びこういうことがないように、二式大艇沈んでいる部分に櫓をたてました。岸から20~30mだったと思います。

 しばらくして、二式飛行艇のフロートが打ち上げられ、岸辺に長い間放置されておりましたが、いつの間にか無くなりました。二式大艇亜鉛葺きの錨は、引き上げて我が家の船で使っておりました。これは、昭和50年頃廃業した際に、知人に譲渡してしまったため現在の所在は分かりません。その方の船も古くなり沈めてしまったそうです。櫓は朽ち果てたのか、今はありません。」

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二式大艇にぶつかったのは戦後1~2年後であったとのこと。この方はその後お父さんの後を継ぎ、同じ船を使って昭和50年頃まで砂の運搬の仕事をしていた。

 

その船がこちら。

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 いわゆる「ポンポン船」と呼ばれる発動機付きの木造船である。

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これがそのエンジン。

 

 

・証言者:Cさん(当時16歳)

 「私は当時安来農高3年生、16歳。この出来事があったのは昭和20年8月22日でした。その日は学校が休みだったので家にいました。ふと中海を見ると、飛行艇がこちらへ向かって来ていました。台風で堤防が壊れて、家から見えたのです。4発の大きな飛行艇でした。翼の上に20人くらいの兵隊さんが立っていて「おーい」と声が聞こえました。驚いて海岸に行くと、「荷物を運びたいから船を出してくれ。」と言われました。大勢の人が集まり、近所に住んでるおじいさんがポンポン船を出しました。私もその船に乗って、飛行艇の中に入り、兵隊さんの荷物を下ろしたり、運んだりする手伝いをしました。荷物はおじいさんの家に預かってもらいました。飛行艇は堤防にある防風松にロープで係留し、錨も下ろしておりました。

 荷物が揚がると、兵隊さんが松の木のあたりから機関銃で二式大艇を「ダダダーン、ダダダーン」と撃ち始めました。しばらくすると燃料に火が付き大きく燃え上がりました。係留していたロープや、錨のロープも燃えて切れました。機体は燃えながらこちらへ近づいて来たと思うと、河口で転覆して沈みました。浅かったので尾翼をはじめフロートなど、3分の1は水面上に出ておりました。機長さんが私に「尾翼の菊の御紋章を残しているのはまずいので、頼む、消しておいてくれ。」とおっしゃいました。

 2,3日後、我が家の船を出して、鉞で尾翼を叩き壊して分からないようにしました。

 終戦後なので色んな人が来ました。フロートは私と前の家の人が外して持って帰りました。錨も集落の人が引き揚げました。後にフロートはボートにするからと安来の人が持って帰りました。錨も安来の人が持って帰りました。

 その後もしばらくは胴体と翼が水面上に出ていましたが、9月の初め頃に台風が来て全部見えなくなりました。ただ、その場所に行くと1mほど下に沈んでいるのが水面上から見えました。

 ある日、プロペラの先が水面上に出ていて、Bさんの家の土砂運搬船が引っかかりました。戦争に行っておられたので二式大艇のことを知らなかったのです。私はその場を見ておりました。「おーい、頼むわ」と声をかけられたので、我が家の農耕船を出して、他の家の船と両側から挟んで、沈まないようにロープで縛りました。そして、安来港の造船所へ向かいました。

 それから、昭和25年7月の25日の朝鮮動乱。内需拡大で鉄屑回収が盛んに行われました。25年の10月頃のある日、サルベージ船が来て全部引っかけて機体を持って帰りました。残骸も残っていません。このあたりではなく、他所から来た業者でした。

  また、あのとき船を出した隣のご夫婦の息子さんはフィリピンで戦死されています。この小さな集落で3人も戦死しました。二式大艇が沈んだときは、何ともいえない気持ちでした。」

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 当時16歳であり、また処分場所に最も家が近かったということでこの方が最も事情に詳しい。機体の詳細な状況や、当時の住民のやり取りなども窺い知れる。

 他の2人は引き揚げなどの話は知らないとのことであったが、この方は機体の引き上げを目撃している。この目撃証言によって機体の大部分が回収され、残っていないという可能性が高くなった。

 また、処分後に水面から出ていた機体の一部について、Aさんは尾翼であったと証言しているが、Cさん曰くプロペラであったとのこと。

 

 

 

 

以上が、今回得られた証言である。

では次にこれらの情報と手記の記述、実際の地図などから処分の様子から引き揚げまでの様子を見てみよう。

 

 

 

昭和20年8月22日、島根県赤江町において二式大艇の銃撃処分が行われた。

安来市街からは車で10分程度の距離にあるが、家もまばらで市街地中心からは遠く離れているような印象を受ける。非常にのんびりとした雰囲気の、のどかな村である。

手記の記載通り、海岸沿いには現在でも水田がみられる。

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 証言によると、具体的な処分場所は海図の赤丸の部分。付近の水深は浅く、5m程度しかない。全高が9.15mもある二式大艇を沈めるためには水深が浅すぎる。

 なぜこの場所を選んだのかという話だが、手記の中でも述べられている通り隊員達は陸図を頼りに中海を移動していたため、正確な現場の水深を知らなかったことが原因なのではないか。

 

 

そしてこの場所から銃撃を行ったとされる。下の写真は昭和50年代の航空写真。

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Cさんの証言中に機体に銃撃を加える際、沿岸に生えていた松の木に二式大艇を係留したというものがあるが、この写真でも沿岸に松が並んで生えているのが確認できる。

 

 

 しばらくして機体が向きを変えたため漁船に乗り換え、そこから撃っている。その後燃料に引火し機体は爆発、炎上。「顔が熱く、髪が焼けるようだった」という証言もあるので岸からはかなり近かった様子。岸から20~50mといった具合だろう。

 その後、機体はゆっくり河口に近づいてきた後、転覆して沈んだというがここで、証言と手記に大きく差異がみられた。

 手記にはその日のうちに機体が尾翼まで完全に沈んだというように書かれている一方、Cさんの証言では水深が浅かったため尾翼やフロートなど、機体の3分の1ほどは水面から出ていたとされている。

 

 

 証言によると機体が完全に沈んだのは9月に入ってから。台風の際に壊れて沈み、完全に見えなくなったとされている。ただ、現場に行くと1mほど下に沈んでいるのが見え、また干潮の際にはプロペラが水面から出ていたという。

 

 

そして終戦の翌年、もしくは翌々年、Bさんの家の船がそのプロペラにぶつかった。

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 今でこそ、この二式大艇処分の話を知る人は少ないが当時は多くの人々に知られており、いろんな人が機体の残骸を見にきたり、その一部を持って帰ったりしていたようである。そして昭和25年10月、どこからともなく話を聞きつけてやってきたサルページ船が機体を引っ掛けて回収していった。現状として、どこまで回収していったのかという部分は不明である。

 機体は処分時に爆発炎上し、その後も台風で破壊されているので回収時に完全な状態であったとは考えにくい。もしも残骸が散らばっていたのなら、回収されなかったものがまだ湖底にあるのではないかと思っている。

 

 

以上がこの二式大艇の処分から回収までの流れである。

 

 

・まとめ

 今回、二式大艇の海没処分について調査を行い新たな事実が分かった。残念なのは我々が調べるまで、この事実は戦後70年以上山陰地域のどの歴史文献にもまとめられず、ずっと埋もれたままであったということである。

 また、この一連の調査結果は証言にあった処分現場とされる場所から機体の残骸等が出てこない限りはあくまで「仮説」の域を出られない。今後何らかの形で世間の関心が集まり、然るべき組織によって本格的な海底調査が行われることを強く望む。

 そしてこの二式大艇のエピソードが戦争に関わる歴史的事実として地域で広く知られることとなり、永く伝わっていくことを願うばかりである。

              

                   

 

    

                              ~おわり~

 

 

ジムニーJB23にブースト計をつけるだけ。

今回はジムニーJB23にブースト計をつけた。

理由は特にない。

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今回購入したブースト計はこれ。

別にレースをする訳ではないし、かといって余りに安物でも嫌だということでこれにした。価格と性能のバランスがちょうど良い。

 

 

 

 

 

作業内容としては

・エンジンルームにセンサー取り付け

・センサーのコードを車内へ引いてくる

・カーステから電源を引いてくる

・メーター設置

である。

 

 

 

 

まずはセンサー取り付け。

ターボの圧力を取るため何のチューブかよくわからないこれをチョキン。

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T字型のジョイントを割り込ませ、センサーへチューブを接続する。

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 付属でついてくるもチューブも、さっき切った黒いチューブも明らかにジョイントの径に比べて細い。そして固く伸縮性がないのできちんと奥まで入らなかった。

 

黒い小さな箱がセンサー。

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センサーから伸びている線はメーターへ接続する。よって車内へどうにか通す必要がある。

 

 

そのためにまずはバッテリーを下ろして、

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赤丸で囲ったこの部分、ボンネットを開けるためのワイヤーが通っている穴を利用してセンサーのコードを車内へ通すことにした。

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車内側からの視点。このゴムのパッキン(?)は引っ張ったら抜ける。

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かなり狭いのでなかなか入ってくれない。

 

 

内部へコードが来たら、ドアとダッシュボードの隙間を這わせて、メーター取付位置まで持ってくる。

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 こうすれば収まりもよく、コードが暴れることもないだろう。

 

 

 

 

続いては、メーターの電源を確保する。カーステの裏から取るのが最も簡単。

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説明書通りにコードを割り込ませる。

こんな感じ。

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ちなみに付属でついてくるコードは短すぎるため、自作での延長が必要である。

 

 ↓こういうのがあると楽。

 

 

 

 

今回、メーターは運転席側のAピラーの付け根部分に設置する。

そこまでコードを回すのに、スピードメーターの裏を通すことにした。ネジを2本取ればカバーが外れ、比較的楽にアクセスできる。

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裏を這わせればダッシュボード上がごちゃごちゃすることもない。

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メーター裏にカプラーを繋いだら、

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設置して完了。

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メーターのイルミネーションの色は白とオレンジの二色が選べ、コードの接続の仕方によって変化する。今回は白にした。かなり明るく、日中でもよく見える。

 

 

 

ブースト計を設置したことでターボの動きがある程度見えるようになった。

まぁ、見えたところで何か車の性能が変わることがあるかといえば何もないのだが、アクセルワークに合わせてヒュンヒュンと忙しなく動くメーターを見ているとなんだか運転が楽しくなった。

 

 

 

                ~おしまい~

タウンメイト、エンジンスワップの巻 50cc→80cc

「タウンメイト」というバイクに出会ってもうすぐで2年になる。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

一昨年春にまとめて3台購入したのだが50cc2台と80ccが1台、3台で9000円とかなりリーズナブルな価格設定だった。

最近ジャンク品でさえ3万円以上と価格が高騰しているスーパーカブとは異なり、メイトは人気がないらしい。

 

 

その後50ccの2台はそれぞれレストアし、元気に走っている。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

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一方で80ccがずっと余っていた。同じバイクは2台もいらなかったので放置していたのである。

今や貴重な80ccのタウンメイト、せっかく免許もあるのだからこれを活用したいと思い立ち、今回は50ccのメイトに80ccのメイトのエンジンをスワップすることにした。

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 なぜ80ccの車体を起こさなかったのかというと、1から清掃して錆を落とし、各部の消耗品を総入れ替えするというレストア作業を今さらやるのが面倒だったということに加えて、キーを紛失しているせいで、燃料タンクのキャップが開かないという致命的な欠陥を抱えていたからである。

それにどうせ80ccに乗るならちょっとかっこいい色の2号車に乗りたい。

 

 

 

というわけでエンジンスワップ計画開始。

以下、作業の様子。

 

 

まずはエンジンの載せ替えを行った。

エンジンの着脱はエンジンが重いということを除けば、かなり簡単に行える。

エンジンを車体に固定している2本のボルトとインマニ、CDIにつながっている数本の線を外せばエンジンが降りる。

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エンジンが降りた様子。

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これが80ccエンジン。

吸排気のポートが微妙に広くなっているが、その他の寸法、重さ等は50ccのものとほとんど違いがない。

79ccというシリンダーの刻印がなければおそらく見分けはつかないだろう。

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50ccエンジンは3速だったが、こちらは4速である。

元の車両は1990年前半くらいの製造で、電装は6Vだった。

載せ替え先の車体は以前、6Vを12Vへ変更する処理をしているので、これからこのエンジンは12Vで暮らしていくことになる。

ちなみにレギュレーターの変更によって電圧が変わるので、エンジン自体に加工などの処置は必要ない。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

元あったようにボルトで固定すればエンジンの載せ替えは完了。

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 載せ替えるだけなら、1人でも1時間かからない。複数人でやれば5分もあれば終わるだろう。

 

エンジン載せ替えのついでにカムチェーンの調整も行った。

聞くところによるとタウンメイトのカムチェーンテンショナーは自動で調整してくれない構造らしい。今まで3台のエンジンを見てきたが、総じて皆、チェーンがダルダルだった。

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カムチェーンが緩むとアイドリング時のエンジン音がやたらうるさくなる。

チェーンのコマが飛んだりする前に調整するのが良い。

 

 

 

こうしてエンジンの載せ替えは終わったが、この載せ替えにあたって、他にも交換が必要な部品があるので作業は続く。

 

今回交換したのは、

CDI

・マフラー

・キャブレター、インマニ

スピードメーター

デファレンシャルギア

ここには挙げてないが、エアクリーナーと後輪タイヤも交換した方が良いパーツ。

 

 

 

 

まずはCDI

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手に持っているのが50cc用、奥のが80cc用のCDI

80cc用は50cc用に比べてサイズが倍近く大きい。

おそらく自動進角の機能がついており、そのせいなのではないかと思う。(スーパーカブ90CDIも自動進角の機能があり50cc用に比べてかなり大きいらしい。)

タウンメイトは50ccと80ccとで車体が共通なのか難なく取り付けできた。

カプラーやその他の配線はメインハーネスにそのまま接続できた。(ちなみに50ccエンジンに80cc用CDI、80ccエンジンに50cc用CDIはキボシの雌雄が異なるため取り付けできなかった。)

 

CDIに関しては接続が上手く出来さえすれば、50cc用のままでも走行には大して支障がないのではと思うが、出来れば交換した方が良いだろう。

 

 

 

続いてマフラー。

右が80cc用、左が50cc用。

写真では分かりにくいが80cc用の方が一回り穴が広い。

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こちらも微妙な違いだが80cc用の方が一回り大きい。

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取り付け部分は同じ寸法だったので、ステーの交換は必要なさそう。

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 排気ポートの径が異なるので当然ガスケットも交換の必要がある。

今回は買う余裕がなかったので80ccエンジンの排気ポートにへばりついていたものを再利用した。今のところ排気漏れは無い。

 

 

 

キャブレターも交換した。

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 こちらも50ccと80ccとで各部の寸法が異なる。メインジェットさえ変えれば50cc用でも問題ないように思えなくもないが、試していないのでどうなるかは不明。

 手持ちの80cc用キャブレターは前オーナーの中華料理店の調理油に完全に内部が侵食されており、キャブクリーナーでもなかなか綺麗にならないため若干調子が悪い。

当然、インマニもキャブとセットで交換。

 

 

 

 

スピードメーターの交換もする。

50ccは60km/h、80ccは100km/hまで表示がある。おそらく50cc用のメーターままでは常時振り切ってしまうため、交換した。

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メーターは裏から針金で固定されている。メーター裏に設けられたプラスチック製のつめに針金が引っかかっているのだが、経験上、経年劣化で大体折れている。

今回も例に漏れず、4本のつめの内2本が折れていた。固定強度に若干不安が残り、微妙にメーターが動くせいでフロント周りからキリキリと音がするがどうしようもないのでこのまま。

 

 

メインキーの交換も必須である。ネジ2本でメーター裏に固定されている。

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また、メーターのイルミネーションだが、50cc用と80cc用では微妙に配線が異なる。

50ccには速度警告灯がついているが80cc用には無いという、ただそれだけの違いだが。

カプラーやキボシの規格は全く同じなのでポン付け可能。

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最後にこれ、デファレンシャルギア

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タウンメイトといえばドライブシャフトがアイデンティティだ。それ故、スーパーカブ等のようにスプロケットの交換によるギア比の調整ができない。ギア比が変更できそうなパーツといえばエンジン腰下にあるミッションか、このデファレンシャルギアくらいである。

 正直50ccと80ccでこのデファレンシャルギアのギア比が異なるのかどうかは不明である。実は50cc時代から、巡行中のエンジン回転数を下げようと思い80cc用に交換していたのだが、初めは若干変わったような気がしたものの、しばらく乗っているうちに分からなくなってしまった。

 タウンメイトにはタコメーターがついていないため、エンジン回転数の比較が出来なかった。また、パーツリストを見てみたところ、50ccと80ccとでは部品番号が少し異なるようだが、ギア比までは書いてないので詳細は分からない。

変えても損はないが、正直違いがそんなに分からないので高い費用を出してまで交換する価値はないように思える。

今回は、手持ちがあったため、交換している。

 

 

 

その他、交換した方が良いパーツとしてエアクリーナーボックスがある。

今回は80cc用のホースがかなり劣化しており、キャブへの取り付けが容易でなかったため50cc用で代用した。50ccと80ccとでホースの太さが異なるが、50cc用でも問題なく走れる。

なんてことない部品であるが残念なことに絶版であり新品がもう手に入らないのでこれを機にパワーフィルターにするのもありかと思う。

 

それから、後輪のサイズも50ccと80ccとで異なる。

50ccのはリム幅1.2、タイヤサイズ2.25-17、80ccのはリム幅1.4、タイヤサイズ2.5-17である。交換しなくても走ることは走るが、メーカーも思うところあってサイズ変更しているだろうから出来たら変えた方が良い。ちなみにリムからサイズが違うので交換する場合はリムごと交換が必要である。おそらくスーパーカブやベンリィ、YB50などの後輪タイヤなら流用が効くのではないか・・・多分。

まぁ、タイヤ以前にブレーキが貧弱なのでそこをどうにかしたいと思うが・・・(ブレーキパッドの規格は共通の模様)

 

 

 

 

以上でエンジンスワップの作業は終わり。

大体3時間くらいかかったが、特に問題もなくスムーズに終わった。

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ナンバー取得後、ガソリンスタンドにて。

 

 当然このままでは公道は走れない。まず、市役所へ行って排気量変更の届け出を行いナンバーを再発行してもらわなければならない。また、自賠責保険に加入しなおすか契約先の保険会社へ連絡して、自賠責登録の変更をしてもらう必要がある。

 

 

まず、ナンバー発行に関して。

これは市町村によって異なるが、私の地元の場合、排気量変更の申請はかなり容易に行えた。必要になったものは

・印鑑

・以前のナンバープレート

・ナンバー交付の証明書

 

くらいであった。手続きとしては廃車→再登録という流れになる。

再登録の際に改造申請書みたいな書類に排気量変更の理由とその証明を記入するのだが、私の地元の場合は排気量変更の理由のみで変更したことの証明は不要であった。

そんなんで大丈夫なのか...

 

手続き自体は20分も掛からなかった。「こいつ怪しいぞ」と疑われるようなこともなくとんとん拍子で黄色いナンバーが交付された。

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続いては自賠責保険の変更手続き。何もしなくてもステッカーを貼れ直せば大丈夫という意見を見たことあるが、ナンバー自体が変わっているのに果たしてそれで大丈夫なのだろうか。不安だったので保険会社へ行った。

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必要だったものは

・印鑑

自賠責保険証明書の原本

・ナンバー変更の際にもらうナンバー交付証明書

 

こちらも20分くらいで手続きが終わった。自賠責ステッカーも頼めば再配布してもらえる。手数料でもかかるのかと思っていたが、なんとタダ。

 

 

 

 

今度こそ全ての作業が終わり、ようやく公道に出ることができる。

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最後に軽くインプレをして終わる。

 50ccが5PS、80ccが6.7PSとカタログの数値上ではそこまでパワーに差が無いように思えるが、実際乗った感じは全く違った。明らかにパワフルで速い。そしてギアが4速まであるおかげで巡行が楽だった。これなら長距離のツーリングも出来そうである。

また、50ccの車体に80ccを積んだことに若干の不安があったが、そこは特に問題無かった。車体剛性も十分ありブレーキも意外と効く(フルブレーキは死である)。

 ちなみにスイングアームは交換していないため、ステップが無く2人乗りはできない。そもそも50ccで1人乗り用として登録してあった車体なのだが、排気量変更の際に乗車定員がどうなったのかよく分からない。もっとも、端から2人乗りをする気が無いので別にこの先も困ることは無いだろうが・・・。

 

 

 

完全に思い付きで衝動的に作業を始め、次の日の昼には公道を走っていた。

結論としてはエンジンスワップして良かった。利便性も高まり、今後も長く重宝しそうである。

 

 

 

 

 

 

               ~おしまい~

 

 

 

01:CD125Tレストア日記。 

昨年夏、CD125Tというビジネスバイクを買った。

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 元々、バイクという乗り物に関心が無かった私が「バイクに乗るのもいいなぁ」と思い始めたきっかけがこのCD125Tである。以前1年間だけ京都に住んでいたことがあるのだが、ある日道路で颯爽とこいつが走っているのを見かけ、そのあまりにも古めかしいフォルムと125ccとは思えない存在感にすっかり惚れ込んでしまった。

 その後、どうにかしてこのバイクが買えないかとあちこちを探し回り、昨年春にようやく地元のバイク屋で見つけたのがこの個体である。

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もちろん不動、しかし部品の欠品はなく、最近まで動いていたらしい。バイク屋の店主曰く、前オーナーは88歳のおじいさんであったとのこと。店に売られたのが2~3年前のことだと店主はいうが5年以上は経ってそうな感じである。当時88歳なら今は・・・

 

 

 メーターは1万1千㎞辺りを指していたが、前オーナーが大阪までこれで遊びにいっていたというエピソードから察するにおそらく10万kmを越え、一周しているだろう。

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 元々現状6万円ということで買ったのだが納車当日、引き渡される瞬間になって5万5千円に減額された。同情して値引きするくらいボロかったということだ。自分でも直せるか正直分からない。

 

 

 

 CD125Tといえばまずシルバーメッキのタンクが思い浮かぶが、この車体のタンクはメッキではない。タンクが黒いのは1977年式の初期型と1979年式のCD125Tzというモデルのみである。

 レッグシールドがついていたのと、タンクのラインの配色、エンジン左側のダイナモカバーの形状からこの車体は1979年式のCD125Tzだと分かった。今年が2020年なので1979年といえば、実に41年前である。私の生まれる20年近くも昔だ。

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この年式の特徴としては電装6V、4速ロータリーミッション、そしてポイント点火ということくらいだろうか。

 

 パッと見の外見はまぁまぁ綺麗であったが、近くで見てみるとため息が出るほど汚い。フレームの錆び方がまるでトタン屋根のそれであった。今時こんな錆び方をするバイクもずいぶん珍しいと思う。

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 車体重量140kgの鉄の塊、2気筒の125ccバイクなんて今後作られることがあるだろうか。エコだとか資源の節約だとか、そういう時代のバイクではない。最近は車さえも土に還る環境に優しい樹脂素材なんかが使われているが、このバイクはどこに埋めてもしつこく残るだろう。

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 肝心のエンジンは、思っていたほど悪くなかった。キックがスカスカなのは元からなのか、11万km走った代償なのかは不明である。ネットでは「CD125Tのキックは軽い」という意見が散見されるが、何と比較してそう言っているのかよく分からないのでなんとも診断できない。もし駄目なようだったら、もっとマシな純正中古シリンダーを買うか、通販で兄弟車であるCB125T用の補修用シリンダーセットが売っているので買って試してみようかと思う。互換性があるかは分からないが。

 

 

 

とりあえずオイルを交換した。

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 腐ったミルクティーみたいなオイルが出てきた。うまく写真に写らなかったが、所々白っぽくなっており、どうやら雨水でも入り込んで若干乳化していたようである。

この車両の放置期間がバイク屋の店主が言った期間より実際はもっと長いのではないかと思ったのはこのオイルを見たからだ。

 

 

オイルを交換した後、キーを回してキックをすれば火が飛ぶようだったので試しにエンジンを掛けてみた。


CD125Tエンジン始動1

元がどんなもんか分からないが、思ったよりも弱々しい感じがする。

ポイント部のコンデンサーに寿命が来ているらしく、接点からバシバシと火花が散っていた。

 今まで整備経験のあるCD50sやタウンメイト、スーパーカブc50などは、点火と灯火で回路が分かれており、バッテリーが無くても問題なくエンジンが始動し走行もできたが、どうもこのCD125Tはバッテリーが弱っているとスパークも弱くなる。動画中でストールしたのはヘッドライトのスイッチを付けて電力が足りなくなったからだ。

 せっかくエンジンが掛かったので「どれ、吹かしてみよう」と思いスロットルを捻ったが全く反応がない。このバイクのキャブは負圧キャブなのでダイヤフラムが破れているか、スライドピンが錆びて固着しているか、もしくはエンジンの吸入負圧が弱すぎるらしい....ドライバーをキャブに突っ込んでスライドピンを動かすとちゃんと吹け上がった。しかし、どうやらオイル上がりを起こしているようで右側のマフラーから青い煙がもくもくと出ている.....。

 

 しばらくエンジンを掛けて遊んでいたが、ある時を境にプスンと止まってそれ以降全く掛からなくなってしまった。きっと久しぶりに動かしたから何処かの電子部品が壊れたのだろう。部品の規格が古く絶版パーツも多そうなので、汎用品で代用できるように改造しなければならないし、フレームの奥のほうから汚く錆びているのも気になるので、今回のレストアは全部分解して清掃、塗装した後、再度組み上げることにした。

 

 

 

 まともに買えば20万円以上、最近では40万円を超える個体まで出てきたCD125T、あの日京都の町中で見たように颯爽と走れる日が来るのだろうか・・・。

 

 

               

 

 

                ~つづく~

ジムニーJB23後期型にJA11の純正スチールホイールは···

こんにちは。

朝夕ともにすっかり寒くなりました。

この時期、雪の降る地域では自動車のタイヤをスタッドレスタイヤに交換する一大イベントがあり、どこの車屋もガソリンスタンドもタイヤ交換に追われています。

 

 

私もジムニーJB23のタイヤ交換をすることに。

以前はJA11があったので、ほぼ新品のスタッドレスタイヤが純正ホイールごと残っています。

 

左がJA11純正ホイール+スタッドレス、右がJB23純正ホイール+ノーマルタイヤです。どちらも純正のスチールホイールです。
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この2つのタイヤ、違いが分かりますか?

写真で見るとほとんど同じに見えますよね。実際に近くで見ても全く同じに見えます。

 

 

実はJA11~JB23 1~4型の純正ホイールのハブ径は107φで、それ以降(JB23 5型~)は108φに変更されています。

この違いのために、JB23、4型以前の純正スチールホイールとJB23、5型以降のは互換性がなく、5型以降にそれ以前の純正スチールホイールはつきません。

具体的に言うと、前輪のハブが引っ掛かり、きちんと奥までタイヤが入らないのです。
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ちなみに純正アルミホイールは大丈夫。

 

 

 

 

そんな事知らなかったのでとりあえず付けてみました。
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見た目ではわからないし、装着した感じも特に違和感がないので全く気が付きません。

 

 

 

翌日用事があって、この状態で隣の市まで行くことに。

下道を60km/h以下で走っているときは良かったのですが、バイパスに乗って80km/h出した途端、ハンドルがフラフラと振れ始めました。

シミー現象というやつです。

 

 

それになんか前輪から聞いたこともない異音がします...

「これはおかしい」と思い、すぐに調べて上に書いたハブ径の違いを知りました。

さらに調べていると「3mmのホイールスペーサーを噛ませれば大丈夫」という情報を発見。

 

 

出先でオートバックスを探し、急いでスペーサーを購入しました。

PCD:139.7と割と無い規格のせいか、5mm厚のものしか売ってませんでした。

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初めて来た山奥の閑散とした公園で車載工具でタイヤを外し、スペーサーを装着。
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なんだこの状況.....

ハブボルトが短くなるので少し不安です...

 

 

スペーサーを取り付けた結果、少なくとも異音は消えました。

走行の安定感も増しこれで大丈夫かと思っていたのですが、80km/h付近でハンドルがガタガタ動くシミー現象は依然治らず...

 

 自宅に帰ってから近所のガソリンスタンドで見てもらうと、

「スペーサーを噛ませてもハブ付近の面が出てないので、バランスよく装着できない。もっと厚いスペーサーを噛ませるか、ホイール交換するかしかない」と言われました。

 

 

スペーサーを厚くするというのは、ボルトの長さから考えて現実的ではありません。

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と、いうことでホイールを交換することにしました。

 

 

 

今回、ホイールのほんの僅かな違いから結構大変な目に遭いました・・・

 

結論、

5型以降のJB23にJA11の純正スチールホイールはつかない!!

 

 

               ~おしまい~

03:スーパーカブの納車整備。 ~エンジン、再塗装~

こんにちは。

前回に引き続き、スーパーカブの整備をやっていきます。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

清掃時に外したエンジンです。案の定砂まみれ。

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30年以上前のバイクに言っても仕方ないですが、錆びて塗装が若干はがれてました。

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錆と汚れを落とすべく、金ブラシで磨いていきます。

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腰下部分はとりあえずきれいになりました。

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腰上部分もやります。

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とりあえず錆と泥汚れは綺麗になりましたが、クランクケースの錆も落としたため、一緒に塗装も剥がれてしまいました。

せっかく車体が綺麗なのにここだけ塗装がはがれているのも気になります。

水しぶきや泥で汚れやすく、また錆びやすい部分なので防サビも兼ねてどうにか綺麗にしたいです。

 

 

 

とりあえず残った塗装をはがします。

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デイトナ(DAYTONA) 塗装はがし剤 96350
 

 

こんな感じで剥がれます。

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綺麗なエンジンになりました。

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このまま磨いて鏡面っぽくしてもよかったのですが、綺麗に保つのが難しいということだったので塗装することにしました。

 

 

エンジン各部にマスキングをして
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腰上はビニール袋で保護
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クランクケースに塗る塗料ですが、ケース表面の温度が何℃まで上がるのかがいまいち分からず、かなり悩みました。

通常、高温部に使う耐熱塗料は一定温度以上(180℃~200℃製品により異なる)の高温で焼き入れをして完全硬化させなければ耐熱性能を発揮できません。この加熱処理が十分でないと塗料が固まらず、すぐに溶けてしまうそうです。

エンジンのシリンダー部ならともかく、クランクケースが180℃になるかといえば多分なりません。なのでエンジンの排熱でクランクケース部の耐熱塗料の焼き付けを行うのは無理そうです。

かといって普通のアクリル塗料の耐熱温度はせいぜい80℃。長距離走行をしてエンジンが熱くなると、これではドロドロに溶けてしまう可能性があります。

 

 

 

いろいろ考えた結果、耐熱塗料以外で一番耐熱性が高そうなウレタンスプレーを吹くことに。

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こんな感じ。

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まるで新品。

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綺麗にはなりましたが、熱に耐えられるかどうかが問題です。

結果から言うと「まずまず」といった具合でした。1時間以上連続して走った後でも溶けてはいません。しかし、若干柔らかくなるようで爪で強く引っかいたり、ドライバーの先でこすったりすると剥げてしまいます。

手で触る程度なら全く問題ありません。指で強くこすっても大丈夫でした。

まぁ、そもそも熱くなったエンジンに触る機会もそんなにないと思いますが・・・

 

 

 

と、いうような事もあり焼き入れができそうな左側のカバーには耐熱スプレーを吹くことにしました。

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厚く塗ると気泡ができてしまうので薄めに塗って190℃で40分ほど、オーブンで焼きます。

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上手に焼けました。

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念のため、もう一度上から重ねて塗り、再びオーブンで焼きます。

 

 

 

これは作業がすべて終わってから撮った写真ですが、かなりきれいに仕上がっています。

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 耐熱スプレーを吹き、十分に焼き付けを行ったこちら側はかなり塗装が強いです。

高温になっても全く強度が変わりません。爪で引っかいても、もちろん手で触っても全くの無傷です。

 

 

 

 

 

今回はここまで。

エンジンはバイクの顔といっても過言でないくらい、よく目立つ部分です。

ここがきれいになるとバイク自体が若返ったように見えますね。

 

 

 

            ~つづく~

02:スーパーカブの納車整備。 ~タイヤ、ホイールベアリング交換~

こんにちは。

前回の続きです。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

 

今回はタイヤを交換していきます。
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車輪を外した後、空気を抜き、古いタイヤを外します。

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リムの裏が錆びていますが、このまま放っておくとパンクの原因になるので
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金ブラシで削ります。
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このくらいになればOK。
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リムバンドをつけて
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チューブとタイヤを組みます。
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フロントタイヤも同じ要領で交換。

 

↓チューブ

 

 ↓個人的に気に入ってるタイヤ。

 このカブのタイヤサイズは前後共に「2.25-17」でした。

50ccより排気量の大きいモデルはリアのタイヤサイズが「2.5-17」だったりするので交換前に要確認。

 

 

 

ここからが今回の本題です。

なんとこの車両、ホイールベアリングがボロボロに錆びています...
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上の画像のような感じで前後タイヤの各2つとリアスプロケットの取り付け部の1つ、計5つとも全部錆びていました。

 

指でグリグリやっても全く動きません。
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このままではベアリングが破損したり、それによって走行中にタイヤがロックしてしまいかねないということで全部交換します。

 

 

まずはリアスプロケットの所から。

再利用する予定は無いので後ろからハンマーの柄を当てて叩きました。
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外れました。錆びてボロボロ。
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ベアリングは共通の規格品なのでホンダの純正部品でなくても型番が同じなら使用できます。純正部品だから特別頑丈だとかそういう事もありません。

 

ちなみにベアリングも色々と種類があります。

これらの違いは主にベアリングのボールをどうやって保護しているかという違いで、防水、防塵性や回転時の抵抗に差が出ます。

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今回の1987年式のスーパーカブはすべて金属シールドの「zz」という形式のものが使われていました。

この金属シールドのベアリングは安価ですが、水に弱く今回のようにボロボロに中が錆びてしまうのでタイヤのハブ部分にはあまり向かないと思います。

スーパーカブでも年式によっては合成ゴムシールの「LLU」型が使われているようです。

 

 

リアスプロケットユニットにあるベアリングは「6203」という型番です。
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急いでいたのでここだけ金属シールドのものを買いましたが、できれば合成ゴムのものがいいと思います。

ベアリング 6203LLU

ベアリング 6203LLU

 

 

 

 ベアリングといえば何となくハンマーで叩いて入れるイメージがありますが、相当慣れていないと使用するまえからベアリングがガタガタになったり歪んだりします。

専用工具を使うのがいいと思いますが、滅多に使わない割に高いです・・・

 

 

ホームセンターで買えるボルトとワッシャーを使えば、原理的には同じものが作れます。価格も200円くらいです。

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軽くハンマーで叩いて位置を合わせてから、

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ボルトとワッシャーで挟みます。

ベアリングとワッシャーのサイズがピッタリでした。

ワッシャーのサイズをベアリングより大きくすれば面一に、ベアリング以下にすれば奥まで圧入できますね。

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裏はこんな感じ。

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後はゆっくりとボルトを締めていくだけ。

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綺麗にベアリングを圧入できました。

ここは上からオイルシールが入るのでその分奥まで圧入します。

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 ↓これ。

www.monotaro.com

 

 

続いて、前後タイヤのベアリング。f:id:keitarose067018:20191025164753j:image

 

車軸の筒の両側にベアリングが差し込まれていて真ん中にカラーが入っています。
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それぞれに仕切りが設けられているので片側のベアリングを叩いても、もう片側のベアリングは出てきません。

 

なので専用器具でベアリングを内側から固定し引き抜くか、中のカラーをずらして棒か何かを当てて叩いて出す事になります。
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コンクリートアンカーで代用するという手もあるようですが今回は叩いて出すことにしました。
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ホイールベアリングにはNTNの「LLU」型のベアリングを買いました。

開放型や金属シールド型に比べて若干摩擦による抵抗が大きいですが防水、防塵性に優れます。
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ちなみに前輪が「6300」、後輪が「6301」です。

 

 ↓前輪用。

ベアリング 6300LLU

ベアリング 6300LLU

 

 ↓後輪用。

ベアリング 6301LLU

ベアリング 6301LLU

 

 

 

 

こんな感じでボルトにベアリングを通して

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こう。

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こんな感じ。リアは面一で入れます。

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ここにはOリングがあります。

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↓これ。

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フロントも同様に。

リアよりベアリングの内径が細いのでそれに合わせてボルトも変えました。

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フロントにはオイルシールがあります。

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↓これ。

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ついでに前輪ブレーキも清掃します。

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ここにもオイルシールがあります。

↓これ。

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古いグリスを落として塗りなおしました。

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 走行距離4500kmということもあってブレーキシューは再利用することにしました。

 

 

 

 

今回はここまで。

一応、交換した部品のまとめです。

前輪ベアリング 「6300」×2

後輪ベアリング 「6301」×2

リアスプロケ部のベアリング 「6203」×1

後輪Oリング 「40.5×3」×1

前輪ブレーキ部オイルシール「47×60×7」×1

前輪ホイール部オイルシール「21×35×7」×1

リアスプロケ部のオイルシール「27×40×6」×1

 

 

 

今回行ったベアリング交換の方法は正規のやり方ではありません。できれば専用工具を買って行うか、バイク屋さんに頼んでやってもらうのが良いです。

前後合わせて1万円前後でやってもらえます。

 

                       ~つづく~

 

01:スーパーカブの納車整備。 ~洗車とサビ止め~

こんにちは。

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4000円で買ったタウンメイトに乗り始めてから早一年。

もう「カブ」と間違われることにもすっかり慣れ、最近は「ヤマハのカブです」などという意味不明な紹介の仕方をしています。

そういう事もあってメイトに乗っていると必然的にスーパーカブの話題になることが多いのですが、今まで乗ったことはおろか、まともに触ったことすらありません。

 

 

 

 

 

「近いうちに一度は乗ってみたい」と毎日のように考えていたそんな中、知り合いの方がスーパーカブを購入されました。

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1987年式、今年で32年落ちの”旧車”ですが外装はピカピカ、欠品や破損も特に無く、そしてなんと走行距離4500kmとかなりの良個体です。

 

これはネットオークションで現状販売されていた車体なので清掃や整備はされていません。初めからエンジンこそかかりましたがしばらくはマフラーから黒煙や白煙を吹いていました。また、キャブレターから若干ガソリンが漏れていました。

その他にもバッテリーやタイヤなど交換が必要な部品が多く、バイク屋に丸投げすると結構な費用が掛かるだろうということもあって、整備を申し出、自宅に引き取ってきました。

 

今回はこの車体の整備をしていきます。

 

 整備項目としては

車体清掃

キャブレターオーバーホール

オイル交換

各部のサビ落とし&サビ止め

タイヤ交換

スプロケ交換

その他悪い部品があれば交換

 

 という感じでやる予定です。

塗装の状態がかなり良いのでボディーの塗り直しはナシで、また雨天でもサビを心配せずに走れるようフェンダー裏などに十分な防錆処理をしたいと思います。

 

 

 

ということで早速作業開始。

まずは車体を掃除したいのでとりあえず分解していきます。

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前オーナーが頻繁に未舗装道を走る人だったのか、車体下部が全体的に砂まみれです。

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燃料タンク。

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エンジンも降ろしました。

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このくらいまで分解したら、

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水で洗います。

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きれいになりました。

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1時間くらい野外で干します。

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車体が十分に乾いたらこれを塗ります。

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 錆を防錆被膜に変える薬品です。

ソフト99(SOFT99) 補修用品 赤サビ転換防錆剤 09204

ソフト99(SOFT99) 補修用品 赤サビ転換防錆剤 09204

 

 

リアフェンダー裏は間違いなく錆びるので全体に満遍なく塗ります。

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塗った後。

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タンク裏。ここもよく錆びているので塗ります。

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フロントのここにも。

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塗装面に浮いてきた小さな錆にも1つ1つ丁寧に塗ります。

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 チェーンカバー。

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錆びているのでここにも塗ります。

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この薬品は塗った後にサビの部分が黒く変色するらしいのですが、車体部分やペダル類の鉄部は何故かあまり変色しませんでした。

しかし、このチェーンカバーだけは何故かめちゃくちゃ黒くなります。目立つ部分に塗ると台無しになるので注意。

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 サビサビのマフラーも

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サビを削って

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E-Value 六角軸ワイヤーブラシセット 3PCS

E-Value 六角軸ワイヤーブラシセット 3PCS

 

 
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耐熱クリアーを吹きました。
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耐熱スプレーは乾燥させた後、熱を加えて焼き入れをする必要があります。

200℃で30分とか180℃で1時間など、製品によってまちまちですが、この作業が結構難しい。というか個人がエンジン熱以外の熱でやるのは無理に近いように思います。

今回はマフラーなので走り回っているうちにたぶん焼き入れできるはず・・・

これでしばらくは大丈夫そう。
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シフトペダルも

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錆を削ってクリアを吹きます。

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今回はここまで。

次回以降は、キャブ清掃やタイヤ交換をします。

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            ~つづく~